September 23th is
September 23th is
塩のおかげか昼間は幽霊に遭遇しなかった。問題は日没後。この後だ。
辻村は筆記具を用意して、俺の部屋にきた。夜食の用意もある。本当に徹夜するつもりなのだろう。
俺は気を使って、一応床に布団を用意した。何もすることがなくなって、早めにベッドに潜り込む。
「もう寝るのか」
「うん……。眠れないとは思うけど……」
「……眠れないのか」
爪先まで布団に隠れて、俺は鼻先を覗かせた。塩も部屋の四隅においたし、聖書も机の上に置いた。辻村の背中も見える。
辻村が静かに笑った。
「こうしてると、同室だった頃思い出すな。原稿をしてるときは、おまえがいつも先に布団に入ってた」
「…………」
「窮屈だったが、それなりに楽しくもあったよな。もう二年も前になるかと思うと懐かしい」
「…………」
「……卒業したら、同室どころか、住む家もバラバラだもんな……」
「…………」
「おまえはどうするつもりなんだ? 大学に行った後……」
「…………」
「おい……」
「…………」
「おい!」
「…………」
「眠れないつってただろうが……!」
寝苦しさに目を覚ました。
「……っ……」
はっと息を吸い込む。胸元から手足まで、重くしびれて動かなかった。金縛りだ。
目線だけを動かして、室内を見やった。明かりが消えて、デスクのライトだけが灯っている。
辻村は座ったまま、うたたねをしていた。
辻村……喉を絞り出そうとした時、ぞくっと寒気がした。
デスクのライトが不気味な点滅を繰り返す。ぱちんと音を立てて、暗闇になった。
悲鳴を上げかけた。
だけど、声が出ない。風の音に混じって、息使いが聞こえる。怖くてぎゅっと目を閉じた。
目を閉じているのに、気配が近づいてくるのがわかる。部屋の真ん中に立って俺を見てる。ゆっくり、ベッドに近づいてくる。
起こしてくれるって言ったじゃん。半泣きで辻村を逆恨みした。がくがくと体が震えて、目を閉じていることが、たまらなく怖くなってくる。
ふっと吐息が頬に触れた。
反射的に、瞼を開ける。
がらんどうの真っ暗な瞳が、俺をのぞき込んでいた。
「…………っ」
その時、ガタンと椅子が倒れた。
はっきりと床で響く足音が、どたどたと寝台に近づいてくる。視界の端に、辻村の袖を見つけた。
掴んだ塩をバラ撒いて、辻村は叫んだ。
「――南無三!」
普段ならば、爆笑していただろう。
だけど、この時ほど、辻村が格好良く見えたときはなかった。
ぱらぱらと飛び散った塩が落ちる。白い影は消えて、デスクの電灯が灯った。俺の金縛りもとける。
愕然と息をのみながら、俺たちは目を見合わせた。
「……見た……?」
「……見た……」
「いたでしょ……!?」
「いた……!」
俺たちは熱い抱擁を交わした。これほどまで友情を感じた瞬間はなかった。
ありとあらゆる電気をつけて、俺たちは寝台に身を寄せあった。壁にぴったり背をつけて、毛布で体の隙間をなくす。
こんな風にして、朝まで眠れぬ夜を過ごした。――そう言いたいけれど、俺は寝てしまった。いつのまにか、ぐっすりと。
辻村にすごく恨まれた。
「えっ、レンレンも見たの?」
「見た。いた。マジでいた」
辻村は真剣に朝の食卓を見渡した。こくこくと俺も何度も頷いた。
「幽霊は存在するんだ。俺は最初からそう思ってた」
このあたりの発言をスルーできるくらい、俺と辻村の絆は深かった。
口端を上げて、和泉が目を細める。
「どんなひどい振り方したの、春人」
「しないよ。和泉じゃないんだから……」
「僕は振られっぱなし」
「俺だってそうだよ」
「――って言ってるけど、ホント?」
「俺の背後に話しかけないで……!」
「見えるよ。長いロングヘアの陰気そうな女の人。春人を睨んでる」
「止めてって……」
「ロングヘアじゃないよ」
目玉焼きを切り分けながら、茅が呟いた。
ぱちぱちと瞬きをして、まじまじと茅を見つめる。
「何……?」
「髪は肩くらいの長さ。黒じゃなくて栗色だと思うな」
「……何言ってるの……?」
「五条知恵さんだろう」
どきりとした。
それはラブレターをくれた女の子の名前。
「西園寺の元生徒会書記の。先月、交通事故で亡くなったんだよ」
白峰春人様
はじめまして。突然のお手紙、驚かせてすいません。
私は西園寺女学院に通う高校三年生の五条知恵と申します。
何を書けばいいのか、今も震えながら書いてます。こんな手紙をもらった時点で、白峰さんはお気づきだと思いますが、私は白峰さんのことが好きです。
二年生の頃からずっと好きでした。創立際も生誕劇も見ました。どちらもきれいで格好良かったです(生誕劇はすぐに終わってしまって残念でした)
お付き合いしてほしいとか、遊びに行きたいとか、わがままを言うつもりじゃないです。どうしても、どうしても、この気持ちを伝えたくて手紙にしました。実は今まで何度も書いては捨てていました。
受験の大変な時期に、身勝手な思いをぶつけてすいません。このままずっと他人同士で、遠く離れてしまうのが寂しくて、思い切って勇気を出してみました。
笑われてしまうかもしれないですけれど、白峰さんが初恋なんです。
受験、がんばってください。
お体に気をつけて。
五条知恵
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