September 23th is

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  September 23th is  


そして――ついに、俺は見た。

「ん……」

珍しく真夜中に目が覚めた。体が重くて息苦しかった。思ったように寝返りを打てず、金縛りだと気づいた。

金縛り。

急に恐怖がこみ上げて、俺は体を緊張させた。怖いと思うほど、圧迫感が強くなってくる。叫ぼうと思っても、声が出なかった。

「……っ……」

金縛りは疲れによって。頭だけが覚めてる状態で。俺を安心させてくれたテレビの解説を思い出しながら、勇気を振り絞って目を開ける。

青白い少女が、俺を見下ろしていた。

「……ぎゃあああああっ」

叫び声をあげると同時に、金縛りがとけた。

ふっと白い影も消えていく。転がるようにベッドから降りて、俺は部屋を飛び出した。

真っ暗な廊下を全力疾走して、隣室の茅の部屋に向かう。鍵はかかっていなかった。俺は一直線にベッドに飛び乗った。

「茅! 茅、茅、茅、起きて! 起きて……!」

「……うん」

返事をして、茅はむくりと起きた。入れ違いに、俺は布団をかぶって丸くなる。

「見たんだ! 初めて見た!」

「おめでとう?」

「おめでたくないよ! 幽霊だよ……!」

茅の膝にしがみついて、俺は必死に訴えた。眠気を感じさせない眼差しで、茅は俺を見つめ返す。

「幽霊」

「そうだよ! なんか白い服着て、黒い髪で……」

「幽霊、嫌いなのに」

「そうだよ……!」

半べそになっていると、茅はかわるがわる、俺の頭と背を撫でた。少し得意げな顔だった。

「怖くなって、僕の所に来たのか」

「……そういう……わけじゃ……ないけど……」

「素直じゃない」

「ねえ、茅。お願いがあるんだ」

「何?」

「もう少し、一緒に慌てて。大事件だよ。本当のことなんだ。頼むよ、俺どうすればいいの……」

眼鏡を掛けながら、茅は深刻に眉を寄せた。

背中の隙間や足の隙間が怖くて、俺はすまきのように、ぴったり布団にくるまる。

あれは見間違いだった? 夢? 

いや、確かに見たはず。第一、夢だと言い聞かせて部屋に戻った時、また見てしまったら……。

青白い顔、黒い髪……。ぞっと背筋が寒くなる恐ろしい気配……。

本当に怖かった、と涙ぐんだ瞬間。

茅が絶叫した。

「うわあああ……!」

「何!? 何……!?」

「慌てろって、君が」

「…………!」

涙目で歯を食いしばりながら、振りあげた枕を必死にとどめた。茅は悪くない。茅が悪いのは、いつもタイミングだけだ。

「ハルたん! どうした!?」

「瞠……!」

頼りがいのある声に、俺は枕と茅を放り出した。現れた瞠にひしりとしがみつく。

瞠なら驚かすようなことはしない。瞠なら俺とこの恐怖を共有してくれるはず。

「み、瞠! 部屋に幽霊が出た……っ」

彼は笑い飛ばした。

「あははは。幽霊は出ないっしょ。寝ぼけたんじゃねえの」

「ほ……、本当だって! いたんだって! 青い顔をした女の……」

「よしよし。今日は一緒に寝てやるな、ハルたん」

「嘘じゃないってば! なんで信じてくれないの……? 庇ってるの……?」

「か、庇ったりはしねえけど。……本当に見たの? どんなだった?」

「女の子だった……。俺を見下ろしてたんだ。ほんとに怖かった……」

ぎゅっと瞠を抱きしめているうちに、背中が怖くなった。俺は背中をぴったり瞠にくっつけて、彼の腕を前で抱えた。

背負い投げみたいなポーズだ。

「どうしよう……。聖書とかおいておけばいいかな」

「僕のも貸すよ」

「数がありゃいいってもんじゃ……」

「最近、変なことが多かったんだ。そうだよ、忘れてた。ここ幽霊棟じゃない……」

泣きたい気持ちになって、俺は瞠の腕を抱えなおした。幽霊棟に幽霊が出ないはずがなかったんだ。

この建物のどこに出たっておかしくない。

「……もう学生寮戻る……」

「ええー? そんなこと言わないでよ。ハルたんいなくなったら寂しいよ」

「だって、無理だよー……」

「まあ取りあえずさ、今晩は俺の部屋で寝ようよ。そんで、明日またゆっくり相談しよ?」

「……食堂寄ってもいい?」

「いいけど、なんで?」

「お塩とお酒……」

「俺がとってくるよ。茅っぺと一緒にいな」

瞠は明るく笑って、俺の背中を叩いた。凍り付いた心臓に、日差しのような笑顔だった。

「マリア様がおばけにビビることないって。茅っぺ、よろしく」

「わかった」

瞠が戻ってくる間、俺は完全防備だった。寝台の上で、茅を座椅子代わりにして、前方は枕と毛布で埋めている。こうしていると大丈夫な気がした。

肌に隙間があると、何でか怖くなる。空気と一緒にするっと触れる気がするんだ。

瞠の助言に従って、彼と一緒に眠った。眠れるわけがないと思ったけど、いつの間にか寝ていた。

その夜はもう何も起きなかった。














朝になるとだいぶ気分も落ち着いていた。

昨日見たものは何だったんだろう。山道で花束を見たとき、変なことがあった。あそこにいた幽霊的な何かを連れてきてしまったのかもしれない。

「賢太郎の馬鹿……」

俺はドライバーを逆恨みした。ああいう鈍感そうなタイプの所に行ってくれればいいのに。

「幽霊を見た?」

朝食の席で、槙原先生は青ざめた。理想通りのリアクションだった。

やっと気持ちがわかってくれる人が現れて、俺は辻村の席を無理矢理奪った。先生の方へ身を乗り出す。

「そうなんだ……。先生は見たことがある?」

「ない、ない! 見たら怖いもん!」

「見ちゃった……。怖い……」

「そうだよねえ……」

「――ついに、見たとか言い出したか」

出た。

嘲笑混じりの声に、俺は眉を寄せる。馬鹿にしたくて仕方がないと言った顔つきで、辻村が俺を見下ろしていた。

「本当に見たんだ」

「幽霊なんかいるはずないだろう。恐怖心が見せる幻影さ。おおかた、寝ぼけてたんじゃないのか」

「本当だって!」

「どんな奴だった?」

「青い顔をした女の……」

「ほらな。どいつも青い顔だ。どうせ長い黒髪だろ?」

「……そうだけど……」

「固定観念だよ。全国の学校のトイレに花子がいるなら、あいつは一万人の大民族だ。白いワンピースの黒髪の女だってそうさ。映画の影響で亡霊どもがファッションを入れ替えたのか?」

にやにやと笑う辻村に、俺はむかむかした。そっぽを向いて、彼が作った味噌汁を飲む。

「いいよ、もう。辻村は信じてくれなくても」

「信じて欲しいなら証拠を出せよ」

「だから、もういいって言ってるじゃない」

「ビビり屋の目の錯覚だと認めるんだな」

「なんでそういう言い方……」

「煉慈が春人の部屋に泊まればいいじゃない」

おかわりの茶碗を差し出しながら、和泉が言った。辻村があきれた顔をする。

「おまえ、食うの早すぎだぞ。俺はまだ席にも着いてないのに。良く噛めよな」

「噛んでる」

「白峰、どけよ。俺の席」

「俺の椅子座ればいいでしょ」

先生に身を寄せて、俺は辻村を睨みつけた。先生はびくびくしながら「足はあった?」と俺に尋ねた。

おかわりを受け取って、和泉が話を戻す。

「煉慈が春人の部屋で寝て、また出ればビンゴでしょ」

「こいつに取り憑いてるのかもしれないだろ」

「取り憑くとか止めてよ!」

「なら、二人で泊まれば」

「嫌だ」

「嫌だよ」

「怖いの?」

「怖くねえけど」

「怖くないけど……」

「嘘だ。おまえは怖いんだろ。あの部屋で寝るのが」

「怖くないっていうなら、君が一人で寝てよ。俺は瞠と一緒に君の報告と悲鳴を待ってるから」

「春人がいないと出ないんじゃない」

不吉なことを呟いて、和泉が俺の顔を見た。これみよがしに、俺の背後を覗く。

「そうでしょ?」

「幽霊に話しかけないでよ……! そんなところにいないよ!」

「この前、風呂にいた人じゃない」

ぞっと背筋が凍えた。

ドンドンと扉が揺れた日、和泉は言っていた。誰かいたよ。

「嘘……。俺、取り憑かれてるの……」

心細さと、恐怖に、体がすっと消えそうだった。

どうしよう。

また、あの恐ろしい気配が、目の前に現れたらどうしよう。

肩を落とす俺を見やって、辻村がため息をつく。

「絶対に気のせいだって。今夜、見張っててやるよ」

「本当に……?」

「ああ、ちょうど締め切りが近いしな。徹夜で作業するから、おまえは横で寝てればいい。なんもでなかったら、団子奢れよ」

「怖がらせたりとかしない……?」

「ああ」

「金縛りになったら起こしてくれる……?」

「ああ。……なんだよ、その素直な反応」

辻村は狼狽して、照れたように顔を背けた。取り憑かれているかもしれないと思うと、彼に反発する気力も湧いてこない。

「おまえが起きるならな。何しても起きないだろうが。寝てるうちに朝がくるさ」

ため息混じりの辻村を、俺は少し頼もしく思った。

彼の言うとおりだ。見間違いかもしれない。どちらかというと、見間違いの方がいい。

槙原先生の助言を受けて、俺は卓上塩を一日持ち歩いた。


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