August 18th is
高校一年生の初夏、受賞の報せを受けた俺は、興奮醒めやらずに通話を切った。
二年前なら親父に電話していた。一年前なら寛子に。
だが、今はどちらにも連絡が出来ない。俺はすぐさま、叔父貴に携帯を発信した。叔父貴は仕事中だろうと思ったが、今回は特別な要件だ。賞の結果は、彼も知りたがっているはずだった。
何故なら、彼も同じ賞に応募したのだから。
「叔父貴、四季編集部から連絡が来た。受賞した、大賞だった」
熱っぽい声で、俺は早口に伝えた。まだ寝台の中に入る白峰が、うるさそうに寝がえりを打つ。
電話越しに叔父貴は笑った。
「知ってるさ。おめでとう」
乾いた笑い声は、精一杯の彼の矜持だった。俺は気付かずに、ただ歓喜をふくらませる。祝辞を受けて、ようやく現実だと思えた。
「大賞だぜ? すげえだろう。信じられねえよ、夢みたいだ……。ああ、そうだ。あんたはどうだった?」
「悪い。忙しいから切るな」
俺の声を遮るようにして、叔父は通話を切った。無機質な電子音が跳ねかえって、あふれ出した言葉が行き場を失くす。
俺はまだ、喋り足りなかった。この大事件を誰かと共有して、我を忘れて興奮していたい。
「おい、白峰、起きろ! 寝てる場合かよ!」
結局、まだ親しくもない同室の生徒を叩き起こして、俺は一方的に喋り続けた。
自分の小説が賞を取ったこと。名誉ある四季文学賞の大賞だということ。歴史に残る最年少受賞者だと言って、編集者に絶賛されたこと。
今まで貰った贈り物の中で、あれが一番、素晴らしい贈り物だ。何よりかえがたい、報われた日。
誕生日よりも、誰かに祝って欲しかった。
8月18日。
8時過ぎに目を覚ました。今日は俺の誕生日だ。
誰も何も言っていなかったが、お祭り好きの清史郎のことだ。誕生日祝いの企画が水面下で進んでいることは、優に想像できた。
誕生日おめでとう。――その言葉が投げられると知りながら、皆の前に向かう朝は、なんとなく気恥かしい。
食堂の扉を開けた俺は、無地の光景に、ほっとしたような、残念なような気分になった。まだ、みんな起きていないみたいだ。
今日は朝から暑かった。目覚めのアイスコーヒーを注ぎながら、俺はテーブルの上の書き置きに気づく。何気なく覗いて、ぎょっと眉をつりあげた。
『みんなで温泉に行ってきます 清史郎』
バタン、とドアが開く音がした。
なんだ、ドッキリか。ほっと胸を撫で下ろしたが、戸口に立っていたのは、茅一人だった。シャワーを浴びた後らしく、髪が濡れている。
「おはよう」
「……あいつら出掛けたって。おまえも誘われてないのか」
「ああ。うん」
茅はテーブルに腰かけて、じっと俺を見つめた。茅の存在に構わず、俺は苛立ちを隠さなかった。
なんだよ、忘れてるのか。俺は全員、祝ってやったのに。
むかむかしながら朝食を作り、何度も携帯を確認した。何のメッセージもない。茅でさえおめでとうを言わない。
朝飯を平らげた頃には、かなり頭に来ていた。足音も荒々しく、俺は食堂を出ていく。
すると、今まで彫像のように動かなかった茅が、俺の後をついてきた。
「どこに行く?」
「どこだっていいだろ!」
自分でもわかるくらい、乱暴な声だった。はっと我に返ったが、茅は表情を変えずに首を傾げた。
「一緒に行ってもいいかな。暇だから」
暇だから。その一言にかちんと来て、俺は力一杯扉を閉めた。
「好きにしろ!」
ついて来るなと言えなかったのは、誕生日に一人きりが寂しかったからだと思う。不機嫌に着替えを済ませて、俺は外に飛び出した。
茅は黙って、俺の後をついてきた。