April 1st is
April 1st is
類は友を呼ぶんだろうか。
茅サンは大農家のおうちにお邪魔していた。
立派な塀のうちがわには、いくつかの納屋や蔵があり、手入れされた松やつつじの木が並んでいた。
お墓とかお寺とかにある、石で出来た小さい家みたいなやつの下で、太った猫が眠そうにしてる。
「ようこそ、いらっしゃい。風がすごいのに、男の子は元気ねえ」
品のいい奥さんが出て来て、俺も縁側にあげてくれた。
埃と汗まみれだった俺は、少し恥ずかしかった。奥さんは冷えた麦茶を出してくれた。一気に飲み干して、渇いた喉を潤す。
「本日は大変お世話になりました。ご厚意痛みいります」
茅サンは縁側に正座をして、農家の奥さんにお礼を告げていた。
茅サンの正座はぴしりとしていて、とても格好良いい。俺を振り向いて、茅サンは微笑んだ。
「息子さんが僕らと同じ学校に通ってらしたそうだよ」
「もう10年近く前の話ですけどねえ。ご縁のある方とお話しが出来て良かったわ」
「いいえ、僕の方こそご親切にして頂いて。大変お世話になりました」
頭の下げ方も、茅サンはきれいだった。
俺は茅サンのマネをするべきか困った。だけど、正座をするためには、靴を脱いで縁側に上がらなくちゃいけない。
人の家に勝手に上がり込んでいいものだろうか……。迷っているうちに、茅サンが立ち上がった。
「行こうか、久保谷」
「あっ、はい。どうもお邪魔しました。ありがとうございました」
「いえいえ、また来て頂戴。良かったら、これ持って行って」
若い人は好きじゃないかもしれないけど、と奥さんは野菜をくれた。見たことはあるけど、名前のわからない野菜だった。
「何かな」
「辻村に聞けばわかるよ」
大農家さんの家を出て、俺たちは自転車を転がしながら歩いた。
茅さんが実況したとおり、周囲は畑ばかりだ。
「茅サン、二人乗りしたことある?」
「ないな。出来なくはないと思うけど」
「じゃあ、二人乗りする前に、先におにぎり食っちゃいな。それともなんか食べた?」
「いや。何か取ると言ってくれたけど遠慮したんだ」
「ごちそうになりゃ良かったのに。鰻が食えたよ」
ぽかぽかした陽射しに、自然に欠伸が出る。
前方に田んぼの土手が見えた。一本だけ栗の木が生えて、自然の庇になっている。
「あそこでご飯にしよう」
茅サンは異論なく頷いた。
土手の下に自転車を止めて、太股を踏ん張って掛けあがる。
栗の木の下には先客がいた。道祖神だ。
誰かがそなえた風車が、くるくる回ってる。
「ありゃありゃ。このあたり座っても罰あたんないかな」
「悪戯をすると首がなくなるらしいけどね」
物騒な台詞にぎょっとした。
なんでもないことのように、茅サンは景色を見下ろしている。
「僕の家は地元でも古いから、怪談の宝庫なんだよ。白峰にはとても言えないけど」
「例えば?」
「祖先が白い蛇を殺したから、水難で死ぬ人間が多いとか。土地開拓で寺を焼いたせいで祟られて、夭折が多いとか」
一度言葉を止めて、茅サンは言った。
「忌み地の山を所有しているから、気を病む人間が多いとか」
薄い雲に太陽が隠れて、茅サンの横顔が暗くなる。
俺は鞄を抱いて、膝を抱えた。
「こういう道祖神が、家の近くにあった。月初めの日には、道祖神の顔を見たらいけないと言われたよ」
「どうして?」
「さあ。そう言う決まりが多かった。近づいたらいけない蔵だとか、山菜を採っては行けない山だとか、火を燃やしてはいけない土地だとか」
「へえ……」
静かに頷いて、俺ははっとした。道祖神に背を向けて、くるりと茅サンの方を向く。
「今日は月初めだよ。顔見たらやばい? 俺見たかも」
「どうかな。それより、お腹が空いたんだけど」
俺は眉を下げて、鞄からごはんを出した。
ハルたんほど恐がりじゃないけど、怪談を聞いたばかりに、怪談にちなんだものの側にいると緊張する。
背中の気配を振り払うように、俺はてきぱき行動した。
「はい、これウェッティ。あとペットボトルのお茶。この巾着の中におにぎりが入ってる。あと、汗掻いたかと思って、タオルと着替えを……」
「……君は家政婦みたいだね?」
「おにぎりいくつ入ってる?」
「三つ」
「じゃあ一個、お地蔵さんにあげよう」
サランラップに巻かれたベーコン巻きおにぎりを掴んで、俺は風車の横に置いた。
ぱんと手を合わせて、なむなむと拝む。教会の人たちが見たら、失笑する姿かもしれない。
「茅サン、ベーコン巻きおいしかった?」
笑って振り返ると、おにぎりを掴んで茅サンは停止していた。
バーコードを読み込めないレジのように、じっとベーコン巻きおにぎりを見つめている。
「……これは何かな」
「おにぎりだよ」
「海苔じゃないけど」
「敢えてベーコンで巻いたんだ。肉巻きおにぎりとか流行ってるじゃん、工夫料理だよ」
「工夫しないで中に入れてくれれば良かったのに……」
不満を言いながら、茅サンはおにぎりを食べた。
味を尋ねると、ベーコンと白米の味がするとのことだった。さすが辻村先生の料理だ。
雲は流れて、陽射しが戻ってきた。青い草を風が凪いでいく。
土手にはたくさんの植物があった。ペンペン草、すみれ、菜の花、ねこじゃらし。
きれいな緑のバッタが飛んできて、俺は両手で掴まえた。
「茅サン、バッタとりました!」
茅サンはたじろいで、上体をのけぞらせた。
「見せなくていいから」
「えっ、バッタも嫌いなんスか。すいません」
俺はそっとバッタに別れを告げた。茅サンの尻の側に蟻の行列があることは内緒にしてあげた。
食事を待っている間に草笛を作った。昔の方がうまくできた気がする。
ピーピー音を立てていると、茅サンが面白がった。茅サンは野遊びを知らなかった。
「笛も作れるし、色水も作れるよ。たんぽぽの茎はシャボン玉のストローになるし、シロツメクサは編むと花輪になる」
「あれは? 触ると種が飛び出す……」
「ホウセンカのこと? 小学校の通学路にあったな。オシロイバナはチョークの粉みたいのが出てきた」
「良く知ってるね」
「遊べるもんでは、何でも遊んだからね」
「そうか。玩具がなければ、作れば良かったんだな」
茅サンは優しい顔をした。
嬉しくなって、俺は饒舌になる。
「凧揚げも自分で作ったよ。竹トンボも作った。竹トンボ知ってる?」
「テレビで見たことがある」
「せいちゃん……、誠二が作るのが上手かった。誠二は器用なんだよ。いつも一番に俺にくれた」
風が吹いて、道祖神の風車がくるくる回る。
「誠二は人気者だった。たまにしか来なかったから、みんなで取り合いだった。誠二は俺をかわいがってくれたから、あいつがいる時だけ、俺は羨ましがられた」
「他には?」
「ないよ。羨ましがられることなんて。俺はいつも羨むほう」
苦笑混じりに顔を上げると、茅サンは食事を終えていた。土を払って俺は立ち上がる。
「行こうか。ごめんな、湿っぽい話」
「そうだね」
「……すいません……」
「僕は君が羨ましいけれど。白峰がひいきするから」
目を丸くして、俺は吹き出した。
「ひいきなんて、そんな風に見えんの?」
「ああ。羨ましいを通り越して憎い」
「ささ、行きましょ。足下に気をつけてー」
茅サンの肩を押して、土手を賭け降りる。自転車を転がす前に、もう一度道祖神に手を合わせた。
ふと見やると、道祖神の風車と同じ物が、路地裏でくるくる回っていた。
駄菓子屋のようだ。俺はいいことを思いついた。
「茅サン、誕生日のお返し買っていこうよ」
「どこで?」
「あそこ」
風車の回る軒先をくぐる。
懐かしい駄菓子と一緒に、竹細工の玩具が並んでいた。
昔の俺みたいに目を輝かせて、みんなが喜ぶといい。竹トンボや風車や紙風船を。
清ちゃんや、レンレンや、ハルたんや、さっちゃんの、思い出にもあったものならいい。
少しでも、笑ってくれたなら。
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