November 3rd is
November 3rd is
創立祭が訪れた。
僕らが手にしたパンフレットには、修正事項を記載したメモが挟まっていた。このパンフレットは丁寧な手作業でメモが差し込まれています。
誕生日の特権を駆使して、僕は清史郎をどかして、賢太郎と腕を組んだ。
「一日中連れまわす」
「そのつもりで来た」
賢太郎の笑顔に僕は口端を上げた。彼はいい男だ。
「ずるいよ! 兄ちゃんは俺と一緒にまわるって言ったじゃん」
「後輩は黙ってて」
「咲ひでえよ! じゃあ一緒に行こう。俺回るところ決めてあるんだ」
「僕も決めてある」
「校舎から!」
「校庭から」
「両手に花で泣けてくるな」
心底鬱陶しそうに賢太郎は吐き捨てた。彼の短所はいい男ぶりが長続きしないところだ。
賢太郎の脇から身を乗り出して、僕は清史郎に告げた。
「誕生日なんだからサービスしてよ」
清史郎は瞬きして、そっかと賢太郎から手を離した。僕は頬をゆるめる。彼もとてもいい子だ。
こんな兄弟が僕にも欲しかった。
「今日は奢ってやる。三個まで」
「もっとサービスして」
「財布と相談だな」
「兄ちゃんー。俺、お好み焼き食いたい」
「初手からかよ。イカ焼きくらいにしようぜ」
「賢太郎、縁日じゃない」
パンフレットをめくりながら、僕らは三人で歩いた。タイムスケジュールを確認する彼にそっと囁く。
「僕の誕生日を祝う催しがある」
「……おまえの誕生日を祝う催し?」
「そう! 俺たちで企画したんだー。カットの咲の似顔絵は瞠が描いた」
「似てねえな」
「咲のことを参加者がお祝いするんだ。兄ちゃんは何する?」
「俺も参加するのか?」
「サービスするって言った」
「何をして欲しい?」
煙草を咥えながら賢太郎が尋ねる。遠くからひかえめな声が聞こえてきた。ご来校のみなさま、構内は禁煙です。
「キスマーク付けさせて」
「は?」
「煉慈につけたら失敗した。へたくそだって風評被害が出てる」
「くだらないことをやってるな……」
「上手いんだよ、本当は。吸わないで跡がつけられる」
「試しにやってみろ」
手首を差し出した賢太郎に、僕は眉を寄せた。ここはちょっと難しい気がする。
仕方なく口をつけようとした瞬間、清史郎が僕の頭を引き剥がした。
「なにやってんだよ、男同士で昼間から!」
真っ赤な顔をして、僕らを怒鳴りつけている。常識的な台詞が清史郎から飛び出したことに、僕らは感動していた。
「まったくモラルがないわけじゃないんだな……」
「この潔癖ぶりはモラル外じゃない……?」
その時、背後から男前な掛け声がした。
「――オッス」
サングラスをかけた筋肉質な美人だった。僕らが驚きの声を上げる前に、スパイのように早足に近づいてくる。
変装したゆっこを見やって、賢太郎はあきれた顔をした。
「オッスじゃねえだろ……。何しに来たんだ、さすがに槙原がかわいそうだろ」
「なんで」
「彼氏も一緒だろ」
「別れた」
三本の指を立てて、ゆっこは眉を顰めた。それが「三ヶ月で」の意なのか「三週間で」の意なのかはわからない。
僕らは目を見合わせた。先生の将来への投資は、まだ有効なのかもしれない。
賢太郎はにやりと笑って、ゆっこに腕を差し出した。
「面白そうだから、今日一日彼氏の振りをしてやる」
サングラス越しに睨みつけながら、ゆっこは彼に腕を絡めた。
「血を見ることになっても知らないわよ」
「自意識過剰な女だ。槙原には気がないかもしれないぜ」
「そんなの別に……」
構わないよと言うゆっこの顔は緊張していた。瞠の髪を切る僕も、こんな顔をしていることだろう。
僕は頬をゆるめて、反対側の彼女の手を握った。彼女が隠した気弱な気持ちを、ぎゅっと励ますように。
「僕の彼女になってよ。僕もぎゃふんと言わせたい人がいる」
「誰?」
「元カノ」
自分のことを棚にあげて、ゆっこは肩を竦めてみせた。
「未練がましいわねえ」
空は秋晴れだった。
賢太郎にまとわりつきながら、清史郎が大声で誰かに手を振っている。ヤクザみたいなおじさんと、彼に良く似たおじさんが校門をくぐるところだった。
一年前まで寝たきりだった、彼に車椅子はもう必要なくなったらしい。
ばったり出会った和服姿の夫婦が、笑いながら彼らに駆け寄っていく。奥さんが元気良く何度も頭を下げていた。
彼らにとっても、この校舎は、懐かしいものだろうか。
晃弘――と賢太郎が通り過ぎた人影を呼んだ。眼鏡のない顔で会釈して、その人は通り過ぎていく。
不思議そうな賢太郎の横で、清史郎が指をさした。
「兄ちゃんの方」
――そして、地上の男の目をひいて、とびきりの美女がやってくる。
いけすかない長髪の男に腰を抱かれながら。
僕はまだ心が震える。気持ちが弱って、目を背けそうになる。
だけど、大丈夫。
僕は無敵。
「安心しろ」
身を屈めた賢太郎が、僕の耳元で甘く囁いた。
「おまえの方がいい男だ」
吹き抜ける風に目を細めて、僕はゆったりと微笑んだ。
「津久居君、誰、その子!? 君の彼女!?」
腕章をつけた槙原先生が、素っとん狂な声を上げて近づいてくる。まだ彼女の正体には気づいていない。
「ご来場ありがとうございます。バザーを行っていますので、お時間があったらお立ち寄りください」
チラシを撒く誠二の声が背後から聞こえる。
あの日に願った、僕をガードする理想のフォーメーション。それがここにある。
あとは、僕が前を向くだけ。
未来の僕のために、無様なマネをしないでいるだけ。
「咲! ハッピーバースデー!」
僕は無敵。
November 3rd is 了
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