• 顔に出さないことは互いに得意だ。
  • 彼を誘導する手段も、彼を挑発する術も、わかっているような気がする。
  • 「3枚追加する」
  • チョコレートのコインを積みあげて、春人はすみやかに告げた。カードを睨んだ煉慈が、隣で額を抱える。
  • 「マジか。そんなにいい手だったのかよ」
  • それはない、と俺は思った。
  • 春人は駆け引きが好きだ。はったりを仕掛けて、弱いカードを強く見せようとする。強いカードなら切り札を隠し通す。
  • 負けず嫌いだからというわけではなく、まるで、何かを試すように。
  • 「賢太郎はどうする?」
  • カードで口元を隠しながら、春人は尋ねた。勝負に乗るように誘いながら、負けることも厭わない眼差しで。
  • 「そうだな」
  • 俺も考える振りをして、いらないカードを二枚捨てた。
  • 不運な俺は役立たずの目をひいてしまい、スリーカードにも、ツーペアにもなれず、クラブのクイーンのペアのままでいる。
  • 勝敗はどちらでも良かった。探る眼差しを楽しんでいる。俺たちが探るのは互いの手の内ではなかった。
  • この勝負に彼が勝ちたいのか。それとも、俺に勝たせようとしてるのか。
  • つまらない賭けのせいだ。
  • 「ビリは嫌だなあ。一番負けた人が、一番勝った人の言うことを聞くんでしょ」
  • 槙原が真剣にカードを並べ替えている。揶揄をこめて、俺は挑発した。
  • 「そうだ。負けたら奴隷だぜ」
  • 「君の奴隷には死んでもなりたくないな」
  • 眉を顰める槙原の向こうで、春人が笑っていた。春人はカードより俺を見ている。俺もたぶんそうだろう。
  • 俺たちはどちらが主人でも良かったし、どちらが奴隷でも良かった。命じる側が果たして勝者なのさえわからない。
  • おそらく、どちらが勝っても言うはずだ。
  • この前のことを謝って、もう一度同じ場所に出かけよう。
  • そうすれば、許してやる。
  • 彼も許すだろう。
  • 「決めた」
  • チョコレートのコインを俺も積み上げた。谷底まで思い切り転落できるように。
  • 「へえ、いいカードが揃ったの」
  • 決して手の内を見せずに、やんわりと春人が微笑む。口端を上げてみせながら、俺も春人を探った。
  • 俺に負けたいのか、俺に勝ちたいのか。
  • 「賭け事なら、博打を打たないとな」
  • 柔和なようで手強い少年が、惑乱させる笑みを浮かべる。ぎくりと不安になる。
  • 仲直りがしたいのか、したくないのか。
  • 「俺は勝負は慎重に行くほうだよ」
  • 俺のチャンスはもう終わっているのか。
  • 「今夜は賢太郎に合わせるか。俺も勝負に出る」
  • 煉慈が積み上げたコインに内心でひやひやする。なんでもないように、楽しげに笑う春人にも。
  • 彼が主人になって命じればいい。従順に頭を下げるから。
  • もしくは、俺が主人になって、高らかに命じよう。
  • 彼はどちら狙いだ?
  • 「マッキー、それ捨てちゃだめだって。こっちを切って……」
  • 「ああ、気づかなかった! 勝てるかも!」
  • 「部外者がアドバイスするなよ、久保谷」
  • 勝敗は狙い通りにいくのか?
  • 「どうせ、たいした助言じゃないだろ」
  • 変わらぬ表情で、俺は焦りを隠す。
  • 「俺の味方もしてよ、瞠」
  • 変わらぬ笑みを浮かべながら、春人は何を狙ってる?
  • 「賢太郎、いい?」
  • じっと、俺の目を見据えながら、彼が囁く。
  • 何がいいんだろう? これで良かったのか?
  • 実はまだ、怒っているのか?
  • 「それじゃあ――オープン」