- 「おまえ、友達いないだろ」
- その日、吾朗兄がゲーム機を抱えて現れた。
- 最初の一言は余計だったが、持って来てくれたゲームに俺は興味心身だった。うちにはゲーム機があまりない。
- 中学の頃は寛子もいなくて、うちに来る客と言えば、もっぱら親戚だった。中でも吾朗兄は良く遊びに来てくれた。
- 「なんだよ、それ。どうした?」
- 「wii。あんまり子供らしい遊びしてる所見たことねえから買ってやろうと思って」
- 「うるせえよ」
- 「本ばっかり読んでると根暗とかオタクって呼ばれるぞ」
- 「呼ばれたことねえもん」
- テレビの前に座り込んで、大きな箱を開けた。ゲーム機はコマーシャルで見たまんまの姿をしていた。
- 「なにやんの。なにできんの?」
- 「後のお楽しみだ。ほら、配線繋げ。こっちはええと……」
- 「赤と黄色と白のところ?」
- 「そうそう。後これをテレビの上に置く」
- 「なんで?」
- 「説明書読めや」
- 「吾朗兄も読んでねえじゃん」
- 笑いながら文句を付けて、俺はわくわくしていた。細長い奴はセンサーらしい。リモコンからの電波を無線で受け取るのだ。
- 「テレビの上、両面テープ張ったら、親父怒るかな?」
- 「気づきもしねえだろう。張っちまえ」
- 「わかった。ソフトは? 何買ってきた?」
- 「ベストって奴」
- ベストに力をこめて、吾朗兄は発音した。
- 「知らない」
- 「ベストってマークが付いてる奴、何本か買ってきた」
- 「テニスできる奴はあんのか?」
- 「知らん。なかったらテニスは外でやれ」
- 「うん」
- 俺はゲーム機の前で正座して、吾朗兄の準備が終わるのを待った。絡んだコードを解きながら、はたと吾朗兄が顔を上げる。
- 「なんだ、そんな嬉しいのか」
- 「うん」
- 「言やあいいのに。ゲームくらい買ってやったよ」
- 「誕生日に?」
- 「ボーナス出た時に。おばさん連中はプレゼント選びがちょっと外れてるからなあ」
- 誕生日やクリスマスに親戚から貰うものは、服や寝具が多かった。父子家庭で生活必需品が行き届いていないことを心配してくれているんだろう。
- 吾朗兄がせっつかないと、親父は俺の誕生日もクリスマスも忘れてしまう。さすがに自分のケーキを自分で買うのは複雑だから、とても助かっていた。
- 「あった。これじゃねえか、テニスできるやつ」
- 「やった! 一緒にやろうぜ」
- 「兄貴はいんのか?」
- 「部屋にいる」
- 「呼んで来いよ。三人でやろうぜ」
- 「えー……。吾朗兄が呼んで来てくれよ」
- 「親に気を使うの止めろって言っただろ? 仕方ねえな、呼んできてやる」
- 「俺は吾朗兄と二人でもいいぜ」
- 「兄貴も運動不足だろ。説明書読んで待ってろ」
- 吾朗兄は階段を昇って書斎に行ってしまった。俺は少し残念だった。親父がいると盛り下がるから、いなくてもいいのに。
- 親父が一緒に盛り上がってくれたら、それが一番嬉しいけれど。
- とたん、とたん、とゆっくりと重い足音が近づく。親父の足音だ。
- 「……家の中でテニス?」
- 吾朗兄から何を聞いたのか、怪訝そうに親父は尋ねた。寝ぼけたみたいな台詞に、俺も思わず拭き出す。
- 「そういうゲームがあるんだよ。吾朗兄が買ってくれたんだ」
- 「そうなのか……。悪いな」
- 「本当だよ。あんたが買ってやれよ。煉慈、欲しかったみたいだぞ」
- 「……そうなのか?」
- 「いや、そうでもないけど……」
- 「おい?」
- 「いや、欲しかったけど! 貰ってから欲しかったって気づいた」
- それが俺の素直な感想だった。
- 吾朗兄の隣に並んで、親父がわずかに眉を寄せる。
- 「……うちの子は鈍いのか」
- 「あんたに言われたくねえよ」
- 漫才のように吾朗兄が親父の胸をたたく。笑い声を上げながら、俺は二人にリモコンを渡した。