- 「最後にあれをつけて一枚撮りましょう」
- 石野の提案に俺は眉を寄せた。
- 「あれって」
- 「首輪です」
- 「馬鹿か。そんなものどこに……」
- 「おっと。何故かこんなところに首輪が」
- 「…………」
- 咲が紙袋の中からじゃらりと首輪を取り出す。一瞬でも懐かしさがよぎった自分を殴りたくなった。
- 年明けの記念にどうしてもと言うから、写真スタジオまで付き合っただけだった。
- 新年のノリで和装まではしたが、同僚の前でSMグッズを装着するほど理性はなくしていない。
- 「絶対に嫌だ」
- 「でも、ちゃんとした首輪の賢太郎の写真ってなくない?」
- 「ちゃんとってなんだ、春人」
- 「俺もちゃんと首輪した兄ちゃん見たことない」
- 「だから、ちゃんとって何だよ!」
- ファインダーを覗く石野が、他人事のように笑っていた。
- 「いいじゃないですか、津久居君。ご祝儀代わりに撮らせてくださいよ」
- 「結婚祝いに万札を包まなくていいんだな?」
- 「君が包めるのは多く見積もっても五万程度でしょう。君はいくら積めば首輪をつけてくれるんです?」
- 「300万」
- 「ほら。安いもんですよ」
- 石野のこういう計算の仕方が気持ちが悪くて嫌だ。
- 閉口する俺の隣で、春人が聞きにくそうに口を開いた。
- 「石野さん、SMグッズとか好きなの?」
- 「どうして?」
- 「SMショップで会ったじゃない。どうしてあんな場所にいたの?」
- 「それはオフレコ。でも嫌いじゃありませんよ」
- 春人は沈黙した後で、感心したように俺を見つめた。
- 「賢太郎はこういう友達がいるから、俺たちに監禁されても動じなかったんだね」
- 「めちゃくちゃ動じてたぞ」
- 俺は強く断言した。
- 「そんなことを言ったら、あいつと親戚付き合いする咲の立場がないだろ。なあ、咲」
- 口端を上げながら、咲を横目に見やる。矛先を変えてやったつもりだったが、彼は表情を変えずに首輪の留め具を外していた。
- 「僕は好きだよ。縛るのも縛られるのも」
- 「…………」
- ぱちん、と金具を鳴らして、咲が顔を上げる。
- 「本来の使い方を知りたい?」
- 「間に合ってます。すいません」
- 「兄ちゃん、付けて付けて! やったー。これでみんなの話題の仲間はずれにされなくてすむー」
- 「おまえにとってあの事件は、見逃したテレビドラマ程度なんだな……?」
- 「記念写真を撮りましょう。持ち帰ったら、今日来れなかった槙原先生たちが喜びますよ」
- 「あいつらは腹を抱えて楽しんでくれるだろうよ」
- 「じゃあ、僕が鎖を引く係り」
- 「えー。俺もそれやりたい」
- 「俺はまたがる係り!」
- 「もうそれ犬じゃなくて馬だろ!?」
- 「馬飼っていい?」
- 「だめだ」
- 「小さい奴……」
- 「だめだ!」
- 「ほらほら、観念してください。津久居君」
- フラッシュを構えながら、石野がにっこりと微笑む。
- 「言うことを聞かないと、スタジオ代と貸衣装代と撮影代、合計17万8千円請求しますよ」
- 「…………」
- 監禁ネタ写真を撮ろうとする子供たちより、娯楽のために17万を奉仕出来る石野の方が俺は怖かった。