- 窓の外には雪が降り積もっていた。
- 真っ白に景色がぬりかえられると、わくわくしてくる。あの中には遊びが一杯詰まってる。
- 窓から視線を離して、俺は幽霊棟のみんなを振り返った。
- 「雪合戦しようよー」
- 「黙ってろ、後輩」
- 「受験生にそんな余裕があるか」
- 「賢太郎とよろこび庭かけまわってくれば」
- みんなの反応はいまいちだった。
- みんなは受験生だった。俺をおいて勝手に三年生になった罰だ。せっかくの冬なのに勉強ばっかしている。
- 「ちょっとぐらい良いじゃんか。雪で遊ぼうよ」
- 「敬語使え、二年坊」
- 「そんな勉強してたって、落ちたら意味ないじゃん?」
- 「落ちないために勉強してんだよ!」
- 眼鏡を押し上げて煉慈が怒鳴る。いつの間にか煉慈までガリ勉になってしまった。
- 賢太郎の首を抱き寄せて、俺は頬を膨らませた。
- 「つまんないの。晃弘は大丈夫だろ、遊びいこ」
- ペンを走らせる手を止めて、晃弘は笑った。
- 「いや。僕だって余裕があるわけじゃないよ」
- 「不吉なこと言うなよ!」
- 「茅に余裕がなかったら、誰に余裕があるって言うんだよ!」
- 瞠と春人に責められて、晃弘がうろたえた。
- 教科書を放り出して、立ち上がったのは咲だ。
- 「止めた」
- 「勉強止めた?」
- 「ううん、受験止めた」
- 「そこまで止めるなよ……!」
- 思い切りのいい咲を煉慈がひきとめる。
- 上着を羽織って、どこかにやった手袋を探しながら、咲はうんざりと口を曲げた。
- 「好きじゃないことしてまで、進学したいわけじゃないし」
- 「さっちゃんは進学しとけよ。絶対に身を持ち崩すぞ……」
- 「この学校には入れたくらいなんだから。和泉もやれば出来るでしょ」
- マフラーに鼻先を埋めて、咲はため息をついた。
- 部屋の中だって言うのに、その息は白くくもった。
- 「パパに会えると思ったからだもん」
- 「ああ、わかる……。俺もここに来る時の方が、やる気はあったな」
- 「辻村は進学しなくたって、職に困らないしね」
- 「僕も同じだな。白峰に会えると思ったから」
- この手の話題になると、必ず気まずそうにする奴がいる。瞠だ。
- 瞠の背中は丸まって、いっつも小さくなる。
- 俺は後ろから駆け寄って、瞠の首に腕を回した。
- 「なー。外行こう、瞠」
- 間近で覗き込んだ瞠の目は、じいっと下を向いていた。痛いのを我慢するような顔だ。
- 瞠はきっとぐるぐる考えてる。
- 俺と遊びに行ったら、逃げ出すことにならないかとか。
- 俺を外に連れて行った方が、みんなの勉強の邪魔にならないんじゃないかとか。
- 槙原先生みたいに、俺は待ってはやらないから、耳元で甘く囁くんだ。
- 「なあ、瞠じゃないとつまんないよ」
- すがるような瞳で瞠が振り向いた。困り果てたような、ねだるようなこの顔。
- この瞬間が俺はとても好き。
- 「……ちょっと、清ちゃん構い倒してくるわー」
- 一度だけうつむいた後、瞠は笑って立ち上がった。頬杖を付きながら、春人が微笑む。
- 「和泉も瞠も行っちゃうの。じゃあ、俺も行こうかな」
- 「どんな気まぐれだよ。ベッドから出るだけで、寒い寒いって文句を言うくせに」
- 春人をひやかす煉慈も笑っている。あの二人が乗り気になれば、たいていの物事は上手く運ぶ。
- 「たまにはいいじゃない」
- 「受験の息抜きに?」
- 「君たちが息抜き出来るなら、僕もしていいはずだよね」
- 行儀良く椅子を引いて、晃弘も立ち上がった。
- 玄関の扉を開けると、雪が吹き込んできた。賢太郎が嬉しそうに吠える。賢太郎は海も好きだけど雪も好きだ。
- 俺も海も好きだけど、雪も好き。
- どこへだって、みんなを連れ出したくなる。
- 「いくよ! グーとーパーでーわかれましょ!」