• 「……俺は文系だ」
  • 苦虫を噛み潰しながら、俺は寝台の上を見下ろした。
  • 頭の中を整理しながら、ゆっくりと深呼吸をする。寝台の上には三匹の生き物がいた。
  • 「非科学的なことや、道理に合わないことにも、対応する自信はある。……だが、こればかりは無理だ」
  • 生き物は賢太郎と槙原と神波だった。
  • 「俺は現実逃避をさせて貰う。好きな場所に行ってくれ」
  • 「そんなこと言わないでよ、辻村君! 見てわかると思うけど、僕たち体が小さくなっちゃったんだよ」
  • 「なってみればわかると思うがえらく不便だぜ」
  • 「俺たちがどこかで圧死してたら目覚めが悪いでしょう」
  • 大声で叫びながら、俺は頭を壁に打ち付けたくなった。煉慈、おまえは疲れているんだ。原稿のしすぎだ。
  • これは幻覚に違いない。
  • 「辻村君ー。とりあえずベッドから降ろしてよ。高くて降りられないよ」
  • 「……話しかけるな、話しかけるな、俺の幻覚……」
  • 「だっこしてよ。しないなら腕までジャンプするよ」
  • 「止せ、槙原! この高さから落ちたら死ぬぞ!」
  • 小さくなっても無茶をしようとする槙原を保護するため、俺は寝台の上に両手を差し出した。
  • 三人が順番に手のひらに乗り込んでくる。涙目になりながら、俺は思い切り顔を背けた。
  • 「……感触が気持ち悪い……」
  • 「失礼だな。床に降ろして」
  • 言われるままに、俺は三人を床に下ろした。
  • 途端に彼らは離散した。踏まれる危険を犯してでも、互いの距離を離したかったらしい。
  • 俺は覚悟を決めて、これは現実だと認めることにした。
  • だが、現実だからと言って、俺が責任をとる必要はないのだ。
  • 「よし、わかった。おまえたちの面倒は誰かに押し付ける。誰に面倒を見てもらいたいか言え」
  • 「咲以外」
  • 「和泉君以外」
  • 「さっちゃん以外で」
  • 俺は心の中で彼らと握手を交わした。
  • 「茅君も共同生活には向いてないと思う。死ぬかと思った」
  • 「晃弘もパスで」
  • 「俺は瞠くんの部屋に行くよ」
  • 神波はそう言って、勝ち誇ったように二人を見やった。
  • 「先に抜けて悪いね。レンレン、あの子の部屋に連れて行って」
  • 「いいけど……。この機にスリッパで叩き潰されるかもしれないぜ?」
  • 「失礼だな。瞠くんは大事にしてくれるよ。子供の頃はシルバニアも好きだったしね」
  • 俺は賢太郎と槙原に視線を移した。
  • 「おまえらは?」
  • 「春人がいい」
  • 「はい! 僕も白峰君がいいです!」
  • 「あいつなら世話をしてくれる」
  • 「白峰君のところにいれば安心って感じ」
  • 「じゃあ、おまえら二人は白峰のところに……」
  • 「待てよ。こいつと一緒は嫌だ」
  • 「僕だって嫌だよ! 辻村君、僕を白峰君の部屋に運んで」
  • 「俺を運べ。槙原は踏まれたぐらいじゃ死にはしないから」
  • 「わかった、わかった。ジャンケンしろ」
  • 「ジャンケン、パー! 勝った!」
  • 「後出しだ! 煉慈も見ただろ?」
  • 「見えるか!」
  • 「ねえ、どうでもいいから、早く瞠くん呼んできてよ」
  • わーわーと足元でケンカを始める奴らを、途方に暮れながら眺めていた。
  • その時、勢い良く扉が開いた。
  • 清史郎の飼い犬の賢太郎が、大きな口を開けて飛び込んでくる。獲物を見つけて、賢太郎は目を輝かせた。
  • さあっと俺は青ざめた。三人が犬の襲来に逃げ惑う。
  • 「わー」
  • 「助けてくれー」
  • 「弟よー」
  • 「止めろ、賢太郎! こいつらは玩具じゃない! 止め……」
  • 「ワンワン!」
  • 「……ああ……!」
  • 三人は無残にも、賢太郎の腹に飲み込まれていった……。


  • 「……ていう夢を見てさ。怖かったぜ、まったく」
  • 恐ろしい悪夢の内容を報告すると、フライパンに卵を落としながら槙原は言った。
  • 「辻村君はメルヘンだねー」