- 津久居君が来ると、みんなが大喜びする。
- 津久居君が来ると、みんなは津久居君のほうに行ってしまうので、とても悔しい。
- 毎日見てる僕の顔よりも、確かにレアなんだろうけれど。
- 「露骨に嫌な顔するなよ」
- 僕の視線に気づいて、彼は呆れたように言った。途端、子供たちもやれやれといった顔になる。
- そのあたりも、たまらなく悔しい。
- 「槙原、ほら。一応、生徒の父兄なんだしさ」
- 「先生はまだ賢太郎が嫌?」
- なだめるような雰囲気に、僕は不承不承反省した。仮にも教師が人の好き嫌いをするのは良くない。
- 僕は友好的な態度を示そうとした。
- 「そんなことないけど、津久居君は暇なの?」
- しんとあたりが静まり返った。しまった、毒を吐いてしまった。
- 「あ、そう言う意味じゃなくてさ。こんな頻繁に地方に来れるほど、休日に用がないのかなって」
- 「悪かったな」
- 「友達いないの?」
- 「先生……」
- 「いや、そういうんじゃなくて!」
- 何を言っても悪口みたいになって僕は非常に焦った。こんな風にしていると、子供たちの心はどんどん津久居君に向いてしまう。
- 軽く息をついて、津久居君が呟いた。
- 「俺の弟のせいで迷惑をかけたんだ。こいつらのことが気になるのは当たり前だろう」
- 狙ったわけではないだろうけど、その言葉にみんな、気恥ずかしそうに笑っていた。津久居君に気に掛けてもらって、正直に嬉しかったんだと思う。
- 株を上げるのがうまいなあ、と思いながら、僕はソファに一人座った。みんなに囲まれる彼を黙って眺める。
- たしかに津久居君は、一見頼り甲斐があるかもしれない。男の子の好きなお兄さんタイプかもしれない。だけど、ここまでチヤホヤされるほどだろうか?
- (ああ、これはやきもちだな……)
- 自分自身で気がついて、僕は頬杖をついた。
- 膝を抱えながら、小さくため息をつく。
- (あの子達を津久居君に取られちゃうのが、僕は面白くないんだなあ)
- よくないことだ。僕のものなのになんて、思ってしまうのは怖い。
- それは失敗の元だから。突拍子もないことを考えてしまう。
- (みんなが津久居君と仲良くするのは自由なのに……)
- その時、ふいに津久居君と目が合った。
- ソファで膝を抱える僕を見て、さらに彼はあきれた顔をした。いじけてるように見えたのかもしれない。反射的に僕はむっとする。
- 反論を探す前に、津久居君は僕の傍まで歩み寄ってきた。すれちがいざまに、ぽんとなれなれしく肩を叩く。
- 直前まで、子供たちと笑いあっていたせいなのか。
- その顔はとても優しかった。
- 「いい大人が拗ねるな。後で飲みに付き合ってやる」
- 「…………」
- キッチンに消えていく背中を、僕は黙って見送った。
- お兄ちゃんぽい台詞や仕草。悔しいけれど、彼が慕われる理由がわかった気がする。
- (大人しく構ってもらえるのを待ちたくなってしまう……)
- 複雑な気分で顔を撫でた。彼が向かったキッチンの先から、ライターを擦る音が聞こえる。
- とりあえず、ここは禁煙だと文句をつけよう。子供たちに変なことを教えないように監視しておこう。
- そして、約束を守って、後で一緒に飲んで貰うことにしよう。