- 久保谷が居眠りをしている。
- 冬の午後のことだった。テレビをつけっぱなしにして、久保谷はソファでうたたねをしていた。
- 彼がうたたねをするのは珍しい。これが白峰なら良く見る光景なのだけれど。
- 部屋に持ち帰るつもりだったカップを、そっとテーブルに置いて近づいた。ソファの足元に屈んで寝顔を見上げる。
- 規則正しい呼吸音は、間抜けで愛らしかった。
- 「…………」
- 顔に触ろうとして、止めた。白峰と違って、久保谷はすぐに起きてしまう気がする。
- 足音を忍ばせて、気配を殺しながら、彼の隣に腰掛けた。ソファはゆっくりと沈んで、久保谷は目を覚まさなかった。
- 僕はほっとした。
- カップを両手に抱えながら、久保谷が見るはずだったテレビを見る。
- 画面の下に文字が出て、芸能人が楽しそうに笑った。何を覚えておけば、久保谷は喜んでくれるだろう。
- 「……ん……」
- 芸能人が騒ぎすぎたせいで、久保谷が目を覚ましそうになった。僕は急いでテレビを切った。
- 寝息は続いている。まだ大丈夫。
- ブランケットを掛けて上げよう。それは素晴らしい思い付きだった。腰掛けた時と同じように、慎重に立ち上がって、彼の肩に水色のブランケットをかける。白峰が愛用しているものだ。
- 久保谷は口を少し開いている。瞼を閉じると目の大きさが良くわかる。
- 長い髪が口に入ってしまいそうだったから、そうっと避けてあげようとした。
- 「…………」
- 久保谷が薄く瞳を開けた。
- 眠たそうな目をする彼は無防備だった。
- 僕は僕の役目が終わっていなかったので続けた。こぼれおちた髪を、いつものように耳の後ろにかける。
- 久保谷は震えて、肩を竦めた。弱りきった猫みたいな顔だった。
- 「……何……?」
- 「口に入りそうだったから」
- 「ああ……。…………。なんスか!?」
- 久保谷は飛び上がって、両足をソファの上にあげた。体育すわりのようなポーズで、大きく目を見開いている。
- やっぱり、彼は目が大きい。
- 「あ、えっ……、寝ちゃってた? 俺……」
- 「うん」
- 「そっか……。そうか。ごめんな」
- 「代わりにテレビを見て、ブランケットを掛けたよ。みんなでクイズをしていて、若手芸人チームという人たちが勝ちそうだった。君が起きそうになって、テレビを消した」
- 「そう……」
- 「誰が勝つのか知りたかった?」
- 「大丈夫っス、ありがとう。……うわー、びっくりした……」
- 息を吐きながら、久保谷が髪をかきあげる。はらりと、また髪の毛が落ちてきた。
- 彼の唇が食べてしまいそうだ。
- 「怖い夢を見ていた?」
- 「そうじゃなくて……。起きたら、茅サンの顔が近……」
- 久保谷の唇が食べてしまう前に、僕は指を伸ばした。
- 栗色の髪の房をすくいあげ、丁寧に耳の後ろに掛ける。弱った猫みたいな顔をして、彼は片目を細めて震えた。
- 未然に防いだ事故を誇って、僕は得意げに笑う。
- 「顔が近いと、何?」
- 水バケツの中に赤い絵の具を落としたように、久保谷は一瞬で赤面した。
- 涙目で口を覆いながら、僕から逃げるように背を引く。
- 「……心臓に悪いんで止めてください」
- 不本意な台詞に、僕は口を曲げた。