- 「だから、用事があるって言っておいただろ」と煉慈。
- 「悪い、俺も出掛けんだよ、さっちゃん」と瞠。
- 「俺も泊まりなんだ、ごめんねー」と春人。
- 「二人なら大丈夫でしょ。ケンカしないでね」と先生。
- 僕と晃弘は夕飯時に幽霊棟に残されてしまった。
- 晃弘は料理が出来ない。僕に料理を頼むくらいに出来ない。
- いつもなら秘蔵のカップラーメンを出すところだけど、今は切らしてしまっている。
- 「どうする?」
- 「何か作ってくれないか」
- 晃弘は作業する気ゼロですでに着席している。たいしたお坊ちゃんだ。
- 「面倒くさい。ラーメン食べに行くから奢って」
- 「いいよ。カードで払える?」
- 「え?」
- 「現金を降ろすのを忘れていた。カードしかない」
- この山奥でクレジットカードが通じる店が、一体何軒あるだろう。
- たしか近所のスーパーもカードは使えなかった。そうなると食材の買い込みも出来ない。
- でも、僕たちの煉慈のことだ。冷蔵庫を空にするわけがない。もしかしたら、解凍してすぐに食べれるものがあるかも。
- 期待に胸を弾ませて、僕は冷蔵庫を開けた。
- 「うわー。整理されすぎてて手をつける気がしない」
- 冷蔵庫の中は軍隊のようにタッパが整列していた。いっぺんの残り物も無駄にはしないという熱意を感じる。
- 3つくらいタッパの蓋を開けて、僕は飽きてしまった。
- 「晃弘、お腹空いた」
- 「僕もだよ。早く作ってくれ」
- 「無理」
- 「いつものお湯を入れる奴は?」
- 「ない」
- 「え!?」
- 「どうしよう」
- 「ご飯の残りはないのか。お茶漬けなら作れるよ」
- 「あれば僕も作ってる」
- 「何がある?」
- 「あるのはたくさんある。卵、牛乳、バター、野菜も一杯ある」
- 「切ったり煮たりすればいいじゃないか」
- 「君がね」
- 「和泉は料理が出来ないのか?」
- 「ねえ、わざと苛々させてるの」
- 空腹のせいかピリピリした空気が漂い始めた。
- 晃弘はため息混じりに、卵を手に取り、鍋に入れ、水を入れた。おそるおそるコンロの取っ手に手を掛けている。
- 「何してるの」
- 「茹でる」
- 「卵を?」
- 「そうだ」
- 卵が夕食。
- 僕は口を曲げた。寂しいけれど仕方がない。
- 「僕のも作って。卵はあと何個あった?」
- 「これが最後の一つ」
- 僕は猛然と晃弘を突き飛ばした。
- 「……何をするんだ!?」
- 「春人の声がする。忘れ物したのかも。ちょっと見てきて」
- 「嘘だ」
- 「嘘じゃない」
- 「卵を奪おうとしている」
- 「してない。見てきて」
- 晃弘が反論しかけた時、インターホンが鳴った。嘘から出た真に驚きながら、僕たちは玄関に向かう。
- 玄関先にいたのは、斉木だった。
- 「茅。資料忘れとったから、持って来てやったで」
- 彼の顔を見た瞬間、僕はその腕に泣き崩れた。
- 「な、なんや。どうした、和泉」
- 「晃弘が卵をくれない……」
- 「君が……!」
- 「せこい男やなあ! 卵ぐらい譲ったればええやんか。こんな儚げな子から力づくで……どんだけ卵好きなん!?」
- 「普通ぐらい」
- 憮然としながら答える晃弘をよそに、僕は斉木の腕に「の」の字を書いた。
- 「斉木……。ところで斉木は料理できるの……?」
- 「は? まあ、人並み程度には」
- 「整理されたタッパはお好き?」
- 「整理されてないタッパよりは……」
- 瞬間、火を止め忘れた鍋が吹き零れて、ものすごい音が響き渡った。
- びっくりして固まる斉木の腕を掴んで、僕らは招き入れる。
- 「ようこそ、幽霊棟へ」
- 「は?」
- 「MAXお腹空いてるから30分以内でよろしく」
- 「は!?」
- カチカチになった卵は責任を取って僕と晃弘が食べました。