- 雨音が続いている。
- 遠出を予定していたのに、朝からの雨で取りやめた。晃弘は前日から泊りがけで来ていたが、予定が中止になったことを告げても、文句一つ言わなかった。
- 天気のせいだ。文句を言われても困る。
- だが、代わりのプランも思いつかなかった。部屋でだらだらしながら、俺たちは同じ問答を繰り返す。
- 「どこに行こうか」
- 「どこでもいいです」
- 「雨だから外に行くのは面倒くさいな。何をする?」
- 「なんでもいいです」
- 晃弘の無欲さは、面倒な雨の日に丁度良かった。何もしなくていい相手と一緒にいるのは楽だ。
- くだらないテレビをつけっぱなしにして、カップに湯気を漂わせる。あれもどうせ、口をつけないまま、温度をぬるくしていくだろう。
- だらだらしている。
- 「楽にしてろよ」
- 背筋を伸ばしたままの晃弘に俺は忠告した。遠まわしに、今日は何も接待しないと告げたつもりだった。
- 「していますが」
- 「雨がやむまでどこにも行かないからな。チャンネルを変えていいぞ、俺は本を読む」
- 晃弘は言われた通りに、チャンネルを変えていた。一通り全局巡った後、リモコンを手放して横たわる。
- 仰向けに寝転んだ彼を見やって、俺は尋ねた。
- 「何をしている」
- 「楽にしろと」
- 「寝るのか」
- 「寝ません。貴方と同じようにしただけです」
- 「寝てもいいぞ」
- 適当に頷いて、俺は本のページをめくった。しばらくじっとしていた晃弘が、寝返りを打って近づいてくる。
- 「何を読んでるんですか」
- 「本」
- 「そうですか」
- 「…………」
- 「面白いですか」
- 「邪魔されたくない程度には」
- 「…………」
- 再び寝返りを打って、晃弘は元の位置に戻った。
- 退屈そうな雰囲気を感じてはいたが、俺は甘やかさなかった。晃弘は清史郎よりはるかに一人遊びが上手だ。
- 雨の音が続いている。強くもなく弱くもない雨音は代わり映えもなく、心地よい退屈さと眠気を誘う。
- 突然、髪に指を突っ込まれた。
- 「なんだ?」
- 「白髪を探します」
- 「ねえよ」
- 「槙原先生はありました。一本だけ。一本抜くと五円くれました」
- 「面白いか」
- 「邪魔されたくない程度には」
- 「…………」
- 「…………」
- 「……いたたた!」
- 「あ。違った……」
- 「おまえ今、3本くらい抜いただろ!」
- 「すいません」
- 晃弘は俺の本の上に、引き抜いた髪をおいた。それはもう元気な黒髪で、俺は俺の毛髪がかわいそうになった。
- 「ないよ、白髪なんか」
- 「あったらどうしますか」
- 「5円やる」
- 「絶対に見つけ出します」
- 「おまえにとって5円なんてはした金だろ……。いッ……」
- 「違った……」
- 晃弘の手を引っぱたいて、俺は仰向けになった。ひりつく頭を撫でて読書を再開する。
- 「終わりだ。他の遊びを見つけろ」
- 「どんな?」
- 「俺以外で暇潰ししろ」
- 晃弘は黙り込んだ。滅多に不満を言わない男だから、腹を立てたのだと気づかなかった。
- 彼はおもむろに立ち上がって、俺の本を取り上げた。長身で背伸びをしながら、本を高い位置に掲げる。
- 子供をからかうような態度に、俺は青筋を浮かべた。
- 「何をしている」
- 「この本で遊ぶことにしました」
- 「どんな遊びだ」
- 「高い位置におく遊び」
- 「返せ」
- 「嫌です」
- 「帰れ」
- 「嫌です」
- 「何を拗ねてるんだよ。仕方がないだろ、雨なんだから」
- 「午前中一杯話しかけてるのに、ああ、とか、そうだな、とか、気のない返事しか出来ないのも雨のせいですか」
- 「本当に拗ねてたのか……」
- 「拗ねてません」
- 晃弘は眉を顰めて、くるりと背を翻した。本を掲げたままキッチンに向かっていく。
- 「本を換気扇に入れる遊び」
- 「待て待て待て!」
- 晃弘の背を掴んで、慌てて引き止めた。さすがにプライドが邪魔をして、ぴょんぴょんとジャンプしてまで取り戻すことはできない。
- 煙草を咥えながら、腕を組んだ。
- 「くだらないことをするな。本を返せ」
- 「力付くで取り戻せばいいじゃないですか。もしかして、届かないんですか」
- 「こいつ、むかつくな……。わかった。どこかに行こう。どこがいい」
- 「どこでもいいです」
- 「雨だしな……。外出るのも面倒だろ。家で何かするか」
- 「何でもいいです。楽にすること以外で」
- 「雨だからなあ……」
- 「読書以外で」
- 「雨だからなあ……」