• 本当は知っていた。
  • その映画の最後にちょっとだけ、怖いシーンがあること。
  • サスペンスだと見せかけて、殺された女の亡霊の復讐で幕を閉じること。
  • 「あの人が犯人じゃない?」
  • 「主人公の上司?」
  • 耳を寄せ合いながら、推理する振りをする。ハルたんの勘は当たっていた。そうだよ、そいつが犯人。
  • ポッキーを齧りながら、ハルたんは画面に釘付け。俺はちらちらと、ハルたんを横目見ている。
  • 「……っ……」
  • 「うわー、窓割れるとか止めろよー」
  • びっくりする音が出ると、ハルたんは俺の袖を掴む。ひそやかな俺の楽しみ。
  • 怖がりを隠したがる彼だから、俺はあえて大きなリアクションをとる。最後の場面、ハルたんはどんな顔をするかな。
  • ラストシーンを待ちかねて、ぞくぞくする。ぞくぞくしながら、青ざめた横顔に後ろめたさも覚えた。
  • (怖い場面があるよって教えてあげれば良かった。ハルたんが眠れなくなったらかわいそう……)
  • (でも、眠れなかったら、朝まで付き合うし! ……そうじゃないか。今さら言っても遅いよね)
  • なんで言ってくれなかったの。眉を寄せる彼を想像して、俺はぶるりと青ざめる。
  • (言えない……。もう遅いよ。嫌われちゃう)
  • うつむきがちに、ハルたんの顔を盗み見る。
  • うっすらと強張った白い頬。画面に見入りすぎて、開いたままの唇。
  • かすかに怯えを浮かべた眼差し。
  • どきりと軽い興奮を覚えて、俺は神様に懺悔をした。
  • (どうして、悪いことを、思いついてしまったんだろう)
  • からかって怖がらせる、レンレンみたいに。落とし穴があると知りつつ、嘘の道案内をする誠二みたいに。
  • そうだ。こんなの、誠二と一緒じゃん。俺は一人落ち込んだ。
  • 「……っ、誰かいた」
  • 「え?」
  • ハルたんが俺の手をぎゅっと握り締める。いつもは大人びた笑い方の彼が、俺だけが頼りみたいに身を寄せる。
  • このずるい優越感には、なんて名前が付くんだろう。
  • 「……なんかね、オフィスの奥に人がいたんだよ。走って逃げてった……。見逃した?」
  • 「あ……主人公がパソコンつけた後だろ? 見た見た」
  • 一年くらい前に。
  • 効果音がじわじわ怖くなって、ハルたんの体が後ろに傾く。俺の影に隠れてテレビを覗いている。
  • ウィットの利いた台詞をいう余裕もなく、優雅に微笑む余裕も彼にない。
  • にやりと瞳を細めて「瞠」と囁く彼はいない。
  • 頼りない子供みたいに、俺の腕を掴むだけ。
  • (どうしよう、神様……)
  • 俺は眉間に皺を寄せて、難しい顔で両目を閉じた。
  • (楽しい……)
  • 「あ、あ……、なんか……」
  • ハルたんの声が恐怖にうわずる。例のシーンが始ってぞくぞくする。
  • ハルたんは俺の背中に顔を押し付けて、早口になって尋ねた。
  • 「な、何が起きてる? 誰? 誰が来た……?」
  • 「えーと……。最初に殺された女の……」
  • 「えっ……、生きてた……わけじゃないよね……」
  • 「うん……」
  • 俺は後ろを振り返って、泣き出しそうな彼を見下ろした。
  • 出来るだけシリアスな声を作って、悪ふざけのすぎた興奮を隠す。
  • 「たぶん、幽霊……」
  • 恐怖と絶望を浮かべて、ハルたんが俺にしがみついた。
  • 「……なんでそういう展開にするんだよ脚本家……!」
  • 「そんなに怖くないけど……ここで停止する?」
  • 「み……、みは……」
  • 恐ろしい効果音のボリュームが上がった。
  • 「……何!? 何したの!?」
  • 「犯人が幽霊に引きずられて……」
  • 「やっぱり言わないで……! なんだよー……、っ……」
  • 耳を塞いだハルたんは、弱々しく背中を丸めた。
  • 細い背がへにゃりとして、痛々しいほどかわいそうだった。悲鳴が上がるたびに、びくびくと肩が震える。
  • 俺は慌てて、ハルたんの背中を抱えた。申し訳なさで胸が一杯だった。
  • 悪い遊びはもうおしまいにしよう。
  • 「ハルたん、ハルたん、もう停めたよ」
  • 「……みっ……」
  • 「うん?」
  • 「瞠は見なくていいの? 全部……」
  • 「あ、うん。後で見るよ」
  • 俺の腕の中で、青くなったハルたんが、睫毛をふるわせる。途切れ途切れの吐息が、かわいそうで、愛らしい。
  • きっと、もう一人ではいられない彼の背中を撫でて、俺は頭の中で予定を立てた。
  • ひどいことをしてしまったお詫びに、何でも言うことを聞いてあげよう。ぴったりとくっついて、温かい飲み物を入れてあげて、トイレに行きたくなっても我慢して手を繋いで……。
  • 「部屋帰る……」
  • 「え! 帰っちゃうの!?」
  • 突然の申し出に、俺は目を見開いた。怖い映画を見たハルたんが、幽霊棟を一人で歩けるはずがない。
  • ハルたんは頭から布団をかぶって、袖口で口元を押さえた。
  • 迷子の子供みたいでかわいい。
  • 「だって……だって、このまま寝ると怖いから、ハッピーエンドになったかどうか確認して……?」
  • 「うん、うん。わかった」
  • 俺はきりりと頷いて、全身全霊の愛でハルたんを包み込んだ。レンレンがハルたんを怖がらせたがる気持ちがわかった。
  • 「確認したら俺の部屋に来てね……。ハッピーじゃなくても、ハッピーな感じで伝えて。ぜったいにおねがい……」
  • 「大丈夫だよ、犯人が幽霊に取り殺されて終わりだから。もう終わるから、すぐいくよ」
  • 「…………」
  • ぴたりと動きを止めて、ハルたんが涙目の顔を上げた。
  • はっと俺は失言に気づいた。
  • ぎゅうっと心臓が縮み上がる。
  • 「……なんで知ってるの……?」
  • 「そ、それは、その……」
  • きょろきょろと視線をさ迷わせて、俺は言い訳を探しまくる。
  • ハルたんのきれいな目元が、すっとつりあがっていく。
  • 青くなった俺にゆっくりとのしかかりながら、ハルたんは充血した瞳で俺を見下ろした。
  • 乱れた前髪の下から、恨めしそうに俺を覗きこむ。美人の怖い顔は本気で怖い。笑顔を引き攣らせながら、じりじりと俺は後退した。
  • 肝心なことを忘れていた。
  • 悪い気持ちには罰が当たるって。
  • 映画のお化けと同じ台詞を、ハルたんは俺に囁いた。
  • 「……騙したな……」