- 「瞠、大丈夫……?」
- 清ちゃんの泣きそうな声がする。
- ぼんやりと目を開けると、ベッドの向こうから清ちゃんが覗き込んでいた。情けない顔がおかしくて俺は笑う。ずきりとこめかみが痛んだ。
- 「大丈夫。うつるかもだから、保健棟行った方がいいかな」
- 午後ぐらいから具合が悪くなって、寮に戻ったら熱が出た。すぐに薬を飲んで寝たけれど、明日は学校を休むようかもしれない。
- 清ちゃんは首を振って、ぺたりとおでこに触った。
- 「熱はかる? 水枕する?」
- 「大丈夫、大丈夫。うつっちゃうから上のベッドにいな」
- 「うつんないよ」
- 「どんだけ無敵なんだよ。ゴジラだって風邪ひくんだぞ」
- 「ほんと?」
- 「たぶん……」
- 関節がぎしぎし痛んで、息が苦しかった。清ちゃんの気配を気にしながら、布団の中でこんこんと咳をする。
- 子供の頃は風邪をひきやすかった。病弱だったわけじゃなくて、施設暮らしだったから、一人が風邪をひくとあっという間にまわった。
- だから、風邪の時の過ごし方には慣れている。布団の中でじっとしていればいいんだ。
- 心配そうな清ちゃんに、俺は笑って告げた。
- 「門限までさ、みんなの部屋で遊んできな。うつしちゃうの怖いから」
- 「瞠はそういうの、一番嫌だもんな……」
- 「そうだよ……」
- 「……わかった」
- 清史郎は肩を落として、部屋を出て行った。追い出したみたいで悪かったけど、風邪をひかせてしまうよりましだ。
- ぞくぞくと寒気がする。布団の中に丸まりながら、何度か咳をした。明日の朝には治りますように。祈りながら、しだいに眠りについていた。
- 目を開けると、再び清ちゃんが俺を覗き込んでいた。
- ひやりとした感触がおでこの上に乗る。
- 「う……?」
- 「あ、起きた……?」
- 濡れたタオルを額に乗せながら、清ちゃんは心配そうに尋ねた。清ちゃんの小声は珍しくて、それが申し訳なくもいとおしい。
- 「……うん。もう消灯?」
- 「うん……。これ、お見舞い……」
- 清ちゃんはごそごそと俺に色紙を差し出した。色紙にはたくさんの人の書き込みがあった。お大事にとか、早く治りますようにとか。
- 全部俺の知り合いだった。清ちゃんが知らないはずの俺の知り合いの名前もあって、情報網に目を丸くする。
- 「……教会や牧師舎まで行ってくれたの?」
- 「うん。事情を話したら、施設にも連れて行ってくれた」
- 「うへえ……」
- 「たまには遊びに来なさいって言ってた」
- 「すいません」
- 色紙を眺めながら、俺は頬をほころばせた。こんなに嬉しい贈り物はなかった。レンレンや茅っぺやハルたんにさっちゃん、誠二の名前もある。
- 「こっちは預かったお見舞いの品……」
- 弱々しい声で呟きながら、清ちゃんはベッドに品物を並べた。
- レンレンからは冷えピタ。ハルたんからはブランケット。茅っぺは商品券をくれた。
- さっちゃんは変な人形のついたストラップ。風邪に関係ねえじゃんと思ったけど、あいつなりの一番のお見舞いだったんだろう。
- 誠二は桃缶をくれた。マジックで「明日熱が下がらなかったら医者に行きなさい」って書いてある。
- 他にもたくさんあった。漫画の本。生姜湯の粉末。スポーツドリンク。ヨーグルトやプリン。ビタミン剤。
- 誕生日みたいなお見舞いだ。
- 「ありがとう、清ちゃん……。すげー嬉しい」
- 清史郎はこくりと頷いて、ベッドに並べたお見舞いを一つ一つしまっていった。今回の風邪で一番弱ってるのは、俺じゃなくて清ちゃんみたいだった。
- ベッドの隣で膝を抱えながら、弱気に俺の顔を覗く。
- 「あのな、瞠……」
- 「ん」
- 「一緒に寝てもいい?」
- 「いやいやいやいや……。どうしたの? 学校休みたいの?」
- 「風邪ひいたら瞠と一緒じゃん。……一緒にいても困んないだろ」
- 「…………」
- 「兄ちゃんが風邪引いた時も、向こう行ってろって言われたんだ。一日中遠くにいた。なんもできなくて、寂しくて悲しかった」
- 「……清ちゃん、いっぱいしてくれたじゃん。お見舞い嬉しかったよ」
- 「だって、瞠とくっつけない方が、風邪ひくよりやだし……」
- 「なんだよー、甘えっ子め。一日ぐらい我慢しなさ……」
- 怒ったような顔をして、清ちゃんが布団をめくった。空気が入り込んで、ぞくぞくと寒気がましていく。
- 止める暇もなく、清ちゃんが布団に入ってきた。口を開く前に睨まれて、俺はゆっくりと目を閉じる。
- この方が清ちゃんがいいなら、そうしよう。
- 彼が咳をするたびに、いたたまれない気持ちになるだろうけど。
- 「……瞠、熱い」
- 「熱だもん」
- 「汗掻いてる」
- 「そうだよ、臭えぞ。風呂入ってないし……」
- 「…………」
- 「嗅ぐなっつーの」
- やれやれとため息をつく。だけど、腕枕は思ったより心地よかった。
- ぽんぽんと背中を叩くリズムが、不慣れすぎて笑ってしまった。
- 「何笑ってんの? 治ってきた?」
- 「治んねえよ。頭痛ーし、寒ーし……」
- 「春人がくれたブランケットの出番だな!?」
- 「出番じゃねえっつうの」
- 頭痛を堪えながらも、けたけた笑った。清ちゃんは布団を出たり入ったりしながら、冷えピタをはったり、スポーツドリンクを飲ませてくれたりした。
- この風邪は悪化するだろう。
- だけど、まあいいや。清史郎にあわせるつもりで、王様みたいに命令していたら、だんだん楽しくなってきた。
- こんな夜は滅多にないだろうから。
- 「寒い寒い。背中ぴったりして」
- 「こう? こんな感じ?」
- 「そうそう」
- 「ブランケットはこんな感じ?」
- 「おお、いいね」
- 「冷えピタ顎にも張る?」
- 「なんでじゃい」
- 「顎熱い。ほっぺも熱い」
- 「うんうん、熱だからね」
- 「うわっ! 耳、超熱い。発見した!」
- 「ぎゃはは! くすぐった……ケホケホケホッ」