- のどかな青空の屋上で、なにげなくハルたんは告げた。
- 「瞠はちょっと、調子がいいと思うんだよね」
- 「はっ」
- 思わず敬礼する兵士のような声が出た。
- 縮み上がった心臓がばくばく言っている。ハルたんは案外鋭いから冷や冷やする。
- 「瞠は俺のこと大事な友達だと思ってくれてるじゃない?」
- 「はい。思ってます」
- 「だけど、茅と仲良くなると俺のこと忘れるよね」
- 「わ……、忘れねえよ!!」
- 「槙原先生と仲良いい時も忘れるでしょ。存在ごと」
- 「忘れないよー! 俺がハルたんのこと忘れるわけないじゃんかあ!」
- 「声の大きさでアピってもだめ」
- すっと瞳を細められて、俺は平身低頭した。
- 「はい。スイマセン……」
- 「普段は反抗気味なのに、幽霊棟にいたくないことあると、神波さんのところ行っちゃうしさ」
- 「はい……」
- 「お調子者っていうには極端すぎない? 俺は瞠と親友だと思ってるから、忘れられるとすごい寂しいんだけど」
- 親友だと思ってるから。親友だと思ってるから……。
- その言葉に胸が熱くなった。嘘を吐くつもりも、騙すつもりでもなく、ハルたんに対する愛情が急上昇していく。
- 喜びに胸が弾んで、俺は身を乗り出した。
- 「お……俺だってハルたんを親友だと思ってんよ。ハルたんが一番好きだよ」
- 「うーん……」
- 「う、疑うの!?」
- ハルたんは頬杖をつきながら、パックの豆乳ジュースをすすった。観察するような視線が体中に突き刺さる。
- どうしよう。ハルたんに好かれたいのに。
- どきどきと緊張に胸が弾む。なんて言えばいいんだろう。どんな顔すれば、ハルたんは気に入るんだろう。
- 大人びた笑い方をして、彼はたしなめるように言った。
- 「順位じゃなくて、忘れないで欲しいんだよ。誰かと仲良くなった時に俺のこと。俺と仲良くなった時に他の人のことも」
- 「ハイ」
- 「誰かじゃなく、みんなで仲良くすればいいじゃない」
- 「…………。ハイ」
- 「……難しいの?」
- 「いや、大丈夫。頑張ります」
- 茅サンとハルたんとマッキーの意見が違った時、俺は誰の味方につけばいいんだろう。答えは出なかったけれど、ハルたんにがっかりされたくなくて頷いた。
- 彼は笑っていたけれど、少し叱る口調だった。
- 「俺に彼女ができてさ、瞠のことを放っておきっぱなしだったら寂しいでしょ」
- 「うん……」
- 「気をつけて」
- 「はい……」
- 沈黙が落ちた。
- 俺は緊張したまま、黙り込んでいる。嫌われてしまったんだろうか。あきれられたんだろうか。親友だと思ってるっていうのは、やっぱりナシになってしまったんだろうか。
- ちらちらとハルたんを盗み見る。彼は青空を見上げたまま、一言も口を開かない。
- うるさい頭の上を飛行機が行きすぎたころ、ハルたんがぼんやりため息をついた。
- 「なんで、こういう時に、俺が一番だよって言えないかなあ……」
- 「ハルたんが一番だよおお! なんなの!? ひっかけなの!?」
- 「じゃん。ここで心理テストです」
- ハルたんはにやりと笑って、ルーズリーフを取り出した。
- 俺はまったくもって嫌な予感しかしなかった。
- 「女友達とこの前やったんだけど、面白かったんだよ。瞠はどうなるのかなって思って」
- 「ハルたん、そんなもので俺に愛の確かめ算しなくたって、俺はハルたんのトリコっすよ」
- 「円卓のテーブルがあって、そこに誰を座らせたいかで、誰をどう思ってるかわかるんだよ」
- 予想通り最悪の心理テストだ。
- ハルたんはにこにこしながら、ペンで丸を描いている。
- 「瞠がこの席ね。席は全部で六つあって、両隣二つの席と、向かいの席と、右奥と左奥の席があるわけ」
- 「わー。五人も選ばなきゃいけないんスね」
- 「そそ。はい、名前書き込んで」
- ルーズリーフとペンを渡されて、俺は真剣にふにゃふにゃした丸を睨んだ。
- いいか、瞠。この手の心理占いで、重要なのは左の席だ。
- とにかく左隣にハルたんの名前を書いておくんだ。
- 「ハルたんは左隣がいいかなー」
- 「へえ」
- 平然を装いながら、ハルたんの口元がほころぶ。俺は内心でガッツポーズをした。よっしゃ! 当たりだ!
- 後はフィーリングで配置していくだけだ。
- 「仲いい人の名前を入れて。茅とか、和泉とか、先生とか、神波さんとか」
- 「この円卓リアルに存在したら、俺は空気読んで誠二は呼ばないよ?」
- 「架空の円卓だからいいの。瞠の理想のテーブルなんだから」
- 「俺の理想のテーブルに俺の席はねえよ……。ウェイターがいいよ……」
- 「つべこべいわないで。書いて書いて」
- ハルたんに心理テストなんかを教えたどこかの女を恨みながら、名前を記入していった。
- 茅サンは正面。さっちゃんは近いとうるさいだろうから右奥。誠二は左奥。マッキーは右隣。
- 「じゃん。瞠の答えが出ました」
- はりきって効果音を口にするハルたんに、少しだけ心が癒された。
- ハルたんが楽しそうならいいや……。
- 「誰から聞きたい?」
- 「じゃあ、ハルたんから」
- 「左隣は好意を抱いている人」
- 「えー! そうなの! なんか照れるわー!」
- 大げさに照れて頭を掻く俺を、ハルたんはじっと見つめていた。
- 「この心理テストやったことある?」
- 「ね、ねえよ。なんで?」
- 「気を使って、俺をここにしてくれたのかと思って……」
- 「心の底から俺の理想のテーブルだよ!」
- 「右隣は槙原先生。あなたに好意を抱いている人です」
- 「…………」
- 俺はボディブローを受けて沈黙した。図々しい回答をしてしまった。マッキーに申し訳ない。
- 「右奥は和泉。理解できない人」
- 「ああ、うん。そうね」
- ダメージは受けなかった。額の汗を拭う。
- 「正面は茅。尊敬しているけど敬遠したい人。ああ、敬遠してるかも……?」
- 「しっ……」
- してないと言ったらハルたんの心理テストを否定することになるわけでだけどしてますといったら後で茅サンの耳に届いた後にどんなリアクションが起きるのか想像するだけで胃が痛いわけで一体どうしたら。
- 「左奥は神波さん。これ笑っちゃった」
- 「え?」
- 「好きじゃないけどキープしたい人」
- 両手で顔を覆って、俺は世の中の心理テストを呪った。