- 「……なんですか?」
- 「論文だ。気にしないでくれ」
- 図書室で勉学に励む茅くんの前に座り、似顔絵を書くようにちらちらと彼を見ながら、私は論文を書き続けた。
- 私はステュに論文形式で発表することにした。あまたの言葉から一つを選ぶのは難しい。定義や仮説を組み立てて整然と並べる方が私には向いている気がする。
- 茅くんは怪訝で迷惑そうだったが、上級生の立場を利用して私は有無を言わせなかった。昇には到底出来ない真似だ。
- 図書室は静かだった。彼の顔を見上げ、私は筆を走らせる。彼は眉間に皺を寄せ、参考書を捲っている。
- 彼の特徴は何と言っても目に表れる。鋭く切れ上がった、悲しみと反発を含んだ眼差しだ。
- 私の目には幼い反発に見えていたが、彼はおそらく蔑視のつもりだったのだろう。彼は孤独ではなく、特別でありたかったのだろう。
- 「容姿を説明しろとステュに言われたのでしょう」
- 私は筆を止めた。彼は筆を休めないまま、珍しく笑っていた。
- 「論文で応じるなんて、辻村先輩らしい」
- 「君はなんと説明した?」
- 昇には聞けなかったことを聞けた。昇は隠さなかったかもしれないが、茅君は隠した。
- 「教えませんよ。ステュを混乱させるようなことは言いませんでしたが」
- 「混乱か……。情報が多いと混乱するかな」
- 「似顔絵ならぬ、似顔論文という自体で、すでに混乱は生じていると思いますが。……でも、貴方が読むのでしょう」
- そういうことになる。論文を提出してもステュは自力では読めない。
- 「なら、構わないのでは」
- 「何故」
- 「貴方の声をもっと聞きたいと。あまり喋らないからじゃないですか」
- 図書室に静かな風が吹いた。
- ステュは光のない世界に住む音楽家だ。
- 私が楽しんでいるか、悲しんでいるか、彼は音でしか知れないのだ。
——Though there's nothing going on.6 『論に非ず』