April 8th is

ススム

  April 8th is  






「――と、言うわけで、自転車での非常事態にも無事生還を果たしていますので」

久保谷との自転車事故の体験を語った後、僕は招いた客を見渡した。

助手席に着席して仮免許者を指導する資格を有する運転免許所所持者が津久居さん、槙原先生。

純粋なゲストが白峰と久保谷だ。

新車を示して、僕は微笑んだ。

「安心して、僕の車に乗って下さい」






僕が生まれたのは、おそらく祖父のためだろう。

祖父から母と兄を守るためだったのかもしれないし、父が祖父との軋轢に耐えかねたからかもしれない。

愛情が醒めていたと予想される両親が、そのためだけに床を一緒にしたかと思うと哀れでもある。

そして、そこまで考えが至ったのは、僕がもう少し大人になってからだ。







僕の誕生日は誰でも知る偉人と同じだ。

そんなことよりも、僕の誕生日には毎年桜が咲いて、景色がはなやぎ、春を感じさせる。







だから、誕生日プレゼントは春物が多かった。

顔も思い出せない親戚から毎年届いた。春物のポロシャツや、春物のコートや、春物のマフラーや、春物の帽子。春の柄のタオルやハンカチや、さわやかな色合のステーショナリー。

プレゼントを贈る人たちは、とても苦しそうに思える。誰かと重ならないように、去年や、一昨年や、そのまた前の年と同じものにならないように、必死に苦心しているようだ。

高校生になってからは、ご祝儀や図書カードが多くなった。誕生月の収入で僕は一年暮らせると思う。元々浪費はしない。

今年は記念的な誕生日でもあった。幼い頃から知っている大叔父は、僕が十になる前から、正月に顔を合わせる度に言っていた。

「いいか、晃弘。不動産や株もいいが、男は車だ。おまえが一八歳になったら、最高の車を買ってやる」

大叔父は車道楽で、毎月高級車のディーラーがお伺いに来る人物だった。

僕は毎回礼を告げた。車は将来必要になるだろうし、好意なら受け取るべきだったからだ。

本当に車が届くと知ったのが3週間前。

春休みの予定を返上して、僕は教習所に通った。

限りなく早く免許を取得し、贈られた車に乗って大叔父の家に行き、感謝の意を伝えならなければならない。もちろん、今日も電話で礼をするべきだろう。おそらく、大叔父は機嫌よく尋ねる。どうだ、乗り心地は?

残念ですが、満十八歳では仮免許までしか取得出来ないのです。ありがたいお話なのですが、僕は学生なので校長先生の許可が必要です。――大叔父に言っても仕方のないことだ。祖父が死んだ今、父も頭が上がらない人物なのだから。

どうだ、乗り心地は? ――最高でした。身に余る贈り物をありがとうございます。今後とも何卒、ご指導よろしくお願いいたします。

よどみなく答えるために、僕は今日、絶対に、この車に乗らなければならなかった。






「ドイツ車だと、この野郎……」

津久居さんは出会い頭に、僕の顔も見ず、車体を凝視して、僕を罵った。

彼はいつも再会を祝わないので、僕は内心がっかりする。

「ねえ、この車どうするの。幽霊棟の脇に置いておくの。駐車場でのトラブルは責任持てませんよ。先生の貯金的に無理ですよ」

先生は青ざめながら、車の周りをくるくる回った。ハムスターみたいで愛らしいと僕は思った。

「格好良い、なんか長いねー。中見ていい?」

白峰がドアを開けて、助手席に膝を乗りあげた。土足に遠慮しているのか、両足を宙にあげている。

「い、今から運転すんの? だってまだ、免許取れてないっしょ?」

久保谷が不安そうに、僕を見上げた。彼はたいてい不安そうに僕を見る。

「仮免許は取れたんだよ。免許所持者がいれば路上運転できるんだ」

津久居さんと槙原先生に緊張が走った。

「誰が決めたんだ、そんなこと」

「国です。津久居さん」

「無理だよ、僕ペーパーだもん。RとかPとか忘れたよ」

「僕が覚えてるから大丈夫ですよ、先生」

二人に微笑みかけて、僕は白峰と久保谷を振り返った。

「免許証を持ってる人を、助手席に座らせなきゃいけないんだ。後部座席になってしまうけどいいかい?」

「全然」

「問題ないっス」

二人は即答した。ほっとして、僕は微笑みかける。

「二人が行きたがっていた、アウトレットモールに行こう。何か機械が道案内するから、指示通りに運転すればいいらしいよ」

「何か機械が……!?」

「カーナビもわからなくて大丈夫なの……!?」

「ああ、カーナビだった。教習所では使わなかったから」

二人の顔色が悪くなったので、僕は心配になった。辻村の料理に当たったんだろうか。

「大丈夫かい?」

「――わかった」

重々しく呟いて、津久居さんが上着を脱いだ。

「晃弘と仮免を出した教習所を信用しよう。運転席に座っていいぞ」

「ありがとうございます、津久居さん」

後部座席に座って、きっちりとシートベルトをする津久居さんに、僕は心からお礼を言った。

続いて、久保谷と白峰も乗り込む。

「お、お邪魔します……」

「わあ、新しい車の匂いがする。すごく広いね」

「……ちょっと待ってよ!」

槙原先生が悲鳴を上げて、津久居さんの座席の窓に張り付いた。

「ずるくない!? 津久居君!」

「新車の窓に指紋付けるなよ」

「君の方がいいって! 君はまだ現役で運転してるんでしょ!」

「いやいや、俺なんて全然。単車転がしてるだけですから」

「殊勝ぶったってミエミエなんだよ!」

はっとして、僕は槙原先生の肩を掴んだ。

もしかすると、助手席に座るのが嫌なんだろうか?

「先生、すいませんでした。僕の車に乗車するのが、気が進まないようでしたら、無理にとは言いませんが……」

先生はとても弱った顔をした。後部座席から、津久居さんが野次を飛ばす。

「生徒の夢と希望を潰すなよ」

先生は津久居さんを睨みつけて、覚悟を決めたように深呼吸した。上着を脱いで、助手席のドアを開ける。

「わかった。僕も教師だ、腹を決めるよ」

「マッキー止めて。マッキーが真顔だと、死亡フラグが上がった気がする」


「先生が命がけになるくらいの状況で、俺は生きてる自信ないよ……」

「大袈裟だなあ。僕は君たちほど、破天荒に生きてないよ」

「どうかな!?」

「それでは、出発しますね」

仮免許運転中という表示を掲げて、僕は運転席に乗り込んだ。

眉を顰めて、津久居さんが吐き捨てる。

「外せよ」

「提示しなければならない決まりなんです」

「こんな車で仮免許なんて言ったら、煽られるだけだぞ。俺なら煽る」

「柄悪いなあ」

津久居さんの隣で、白峰が肩を竦めた。久保谷は縮こまって、真っ直ぐに背を正している。

久保谷を振り返って、僕は笑った。

「何かあったら、久保谷が怒鳴り返してくれるよ。自転車でも叫んだだろう?」

二人乗りの記憶を思い出したのか、久保谷は恐縮そうに赤面した。久保谷が恐縮すると、僕は優しい気持ちになる。

姿勢を戻して、助手席の槙原先生を見た。年始の挨拶のように、丁寧に頭を下げる。

「それでは、よろしくお願いいたします」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」

人生初のドライブの始まりだった。





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